罪なほどに甘い
 


     




何かしらの悪戯を仕掛けかけていた少年たちの所持品だったもの。
思わぬ運びで敦がかぶってしまった“何か”は、
一見 透明でさらっとしていそうな印象のする、
だがだが、何だか異様な匂いのする得体の知れない液体だった。
通報者が案じていたような、
灯油や何か強酸の類だったなら じかに触れては危険と言われていたので、
そういったものではないかということをまずは警戒していたが、
さほどには揮発性のある匂いではなかったし、
触れたところが灼けたりしてひりひり痛い…ということもない。

 “まま、多少の怪我なら超再生ですぐにも治せるのだけれど。”

それを言うとあまりいい顔はされないので黙っていたが、
そういう奥の手があるので 不気味ではあれ臆するには及ばない。
ただ、どこか特徴のある匂いなのが妙に気になり、
やや粘性もあって、乾いてもべたりという感触が肌に残るのが気持ち悪いなと思った。
通報通り不審な行動をとっていた子らには違いなく、
所轄署の少年課へ連絡を取り、担当の署員の方に引き取りに来てもらい、
3人とも無事に引き渡してのさて。

「どうしようね。このまま帰っても良いのだが。」
「えっとぉ…。」

二徹というハードなお務めのあとだけにと、
あの国木田からそんな指示が出ていたらしく。
敦自身、そのように聞いてはいたが、
得体の知れぬものを頭からかぶる格好になったままなのは何とも居心地が悪い。
くせのある匂いが妙に気になるのは虎の異能が働いてのことかもしれないが、
髪もべたべた、シャツも汚れたままというのは、
汗をかいてしまったというの以上に気持ちが落ち着けずで、

「一旦探偵社へ戻ります。」

道程をやや斜めに構え、ちょっとだけ回り道をすれば、
自宅である寮へ戻る途中に立ち寄れるという位置関係にあったし、
特に貴重品などは入れちゃあなかったものの
ハンカチやら雑記帳やら、他愛ない身の回り品を入れた
日頃遣いの肩掛け鞄を社に置きっぱなしにして帰るというのも心許ない。
その辺りは太宰にも通じたか、そんな選択へ判ったと笑みを返してくれて、
彼の側は報告もあったか、共に社へと戻ることとなり。

「敦さん、これ使ってくださいな。」
「わぁ、ありがとうございますっ。」

自分の異能を発揮する折、
腕や脚をぐんと大きな虎のそれへと変えるため、靴や衣服がお釈迦になるのは避けられず。
それへの対処として着替えは常にロッカーに置いてある。
トイレ奥の大きめの洗面器が据えられた洗い場に頭を突っ込む格好で
ざっと水をかぶり、髪への付着物を何とか落とす。
乾くにつれてごわつきかけてもいたため、戻って正解だったなと思ったほどで、
それからナオミさんが気を利かせて持って来てくれた何枚もの蒸しタオルで、
顔や腕、手の甲など、何だかべとべとするところを丁寧に拭ったことで
気になっていた嫌な匂いも多少は薄まったが、

 “…あれれ?”

何だか頭がぼぉっとするような気がして、
さっき髪を拭いたことで濡れたタオルで頬を覆う。
気温の高さゆえか既に少々生温かいぬるさになっていたが、
それでも十分頬には心地がいい感触で。
そうと感じるほどに何だか顔も火照ってきたようで、
だがだが、そうなる心当たりが敦には全くない。
先の冬に 薄着が祟って幼いころ以来の風邪を引きかけた時の感覚に似ているが、
頭から水をかぶったくらいで熱が出るような 繊細病弱な体質じゃあなし。

 「? 敦くん?どうかしたのかい?」

デスク前ではなく、談話用にと置かれた古びたソファーに腰かけたまま、
濡れタオルに顔をうずめて動かない少年なのに気づいたか。
通りかかった太宰が案ずるような声を掛けてくれたのへ、

 「…え?」

反応が鈍いうえに、愛想のいい彼が顔を上げないままというのがおかしいと、
そこは…さりげなさで日頃は隠しちゃいるが、
驚くほどに抜け目なく、周囲への観察眼も並外れている太宰には
容易に不審をい抱かせるレベルの奇異であったようで。

 「具合が悪くなったのかな?」

そういや、先程キミが浴びてしまったものの正体が判ってねと、
少年たちを引き取った所轄から、第一弾の報告を受けたらしいこと
話しかかった彼だったが、

 「…あつしくん?」

その声が中途で止まったのは
依然として顔を上げない少年を気遣って、というのもあったろう。
だが、それ以上の原因として、見慣れぬものが出没したのへ
結構冷静なはずの元マフィアの歴代最年少幹部様が驚嘆していたからに他ならず。

 「……敦くん。それって自前なのかな?」
 「?? はい?」

それって何でしょかとやっと上がったお顔はほのかに朱に染まっていて愛らしく。
その愛くるしさにはなるほど似合いの、

  白地に黒い縞模様が入った、
  毛並みのいい三角の猫耳らしきものが

彼の頭の前髪の始まる辺りに、
左右一対ぴょこりと飛び出していたからだった。



     ◇◇


所轄署の署員の方からの報告の中で、例のブツの正体も明らかにされており。
それによれば、

 【あの悪ガキどもが持っていたのは、
  中の一人の自宅にあった“またたび酒”だったらしくてね。】

家の人が作ってた自家製の果実酒のうちの一つで、
昔から疲労回復にいいといわれていたし、血行不良や免疫改善、関節痛に効くらしくて。
それでといつも祖母が作ってはキッチンの床下収納にあったのを、
少しほどちょろまかして持ち出したらしい。
梅やりんごの酒に比すれば全くの全然美味しくないのは知ってたようで、
自分たちで好奇心から飲むためじゃあなく
マタタビというところを面白がり、
そこいらの野良猫に舐めさせて酔態を動画に録り、ネットにUP しようと目論んでいたらしくて。

 「ああ、それで車の下とか狭い路地とか窺ってたんですね。」

爆弾でも仕掛けるつもりかと疑われた素振りの目的は、被検体になろう野良猫を探して居てのこと。
どっちにしたって褒められることじゃあない、むしろ動物虐待にあたる行為で、
福沢社長からきついお叱りを受ければいいと思ったほどのこと。

 「またたび…。」

そしてそして、そんな要素が飛び出したことで、
こちらの中島敦くんに起きた珍妙な症状にも、
何とはなく納得がいった、与謝野や太宰、たまたま居合わせた国木田だったのであり。

 「私が触れるとさすがに一旦は引っ込むのだが。」

異能への抑制が効かず、それでとはみ出すように飛び出している猫耳だとして、
ならば、異能無効化の“人間失格”に触れたれば、具現も掻き消されるはず、なのだけれど。
白に近い白銀の髪の合間から飛び出していた虎の耳は、
太宰の大ぶりな手が触れると一瞬にして消えてなくなるものの、
ちょっと間を置くとすぐさまぴょこりと顔を出すのが
出来のいい手品のようでもあり。
赤い顔は照れてのそれかと、
ついつい堅物な国木田でさえ小さく吹き出したほどの愛らしさだったが、

 「ああ済まんな、敦。
  だが、このくらいなら罪のない代物じゃあないか。」

ただの酒ではなくマタタビエキスも加わってのこと、
日頃は社長の異能が働き、敦自身の力量下で自在に制御できている異能が
ちょっぴり羽目を外しているだけなんじゃないかと、
そうと把握したらしい彼だったのも判らぬではない。
ただ、

 「熱が出ていそうなほど総身がカッカしてるってのは、
  確かにちょっと心配だねぇ。」

与謝野がそういって手元に開いていたのは、
英語かドイツ語か、横文字がびっしりと詰まった医学書らしく、

 「人間には漢方薬、猫には嗜好品と思われてるようだが、
  それはとんでもない素人考えでね。
  猫にも度を越すと呼吸不全を招く危険な代物だ。」

そういや敦は徹夜が続いて体調もいいとは言えない状態だったのだろうしと、
さりげなく社員たちのスケジュールを把握しているらしい女医殿の言葉に、
後の二人もそういえば…と表情を冴えさせる。

 「聞いたところによれば、
  虎の鼻のせいか酒は匂いだけでも酔うほど苦手だそうだしねぇ。」

 「えっとぉ。//////////」

幼い童のようと言われたような気がしたか、ますますと顔を赤くする少年なのへ、
まだまだ薄い肩へと手を置いて、

 「揶揄ってるんじゃあない。
  これだけあれこれと困った条件が重なってるんだ、
  大事をとって安静にしてなきゃあと言いたいんだよ。」

与謝野女史はきりりと表情を冴えさせて、一番それを順守させねばならぬ本人へ言い放つ。

 「呼吸不全もそうだが、それ以上に、
  あんたの異能が制御できなくなったら一大事だろうが。」
 「あっ。」

ただの虎じゃあない、
大陸の草原に居そうな水牛もかくやという
それは大きな体躯をした虎だったのを太宰が思い出す。
害獣指定されかけたほどの獰猛さで、
あれが制御なく街へ放たれたら 成程危険極まりないし、
今度こそ捕獲されての殺処分という憂き目にも遭いかねないな…と案じておれば、

 「まあ、そこはあんまり案じちゃいないんだが…。」
 「はい?」

それより大変なことって何でしょうかと、
目が点になりかかる大人社員の二人をよそに。
やや言葉を濁し、敦のおどおどと不安そうなお顔を真っ直ぐ見据えた与謝野は、
太宰をちょいちょいと、
綺麗な指先を上向きにして振るという
なかなかに婀娜な所作にて間近へまで招くと
何やらぼしょぼしょぼしょと囁いて。

 「…だから、できれば隔離してやってほしいんだがね。」

ちょっぴりワケありな話だったせいでの、
当人にさえ聞かせたくないような格好でというナイショの示し合わせだったのへ。
どれほど意外な仕儀だったものか、
おやまあと鳶色の双眸を真ん丸く見開いた、社内きっての美丈夫様。

 「お任せくださいな。」

白羽の矢が立ったのへ、ふふーと柔らかく笑ってから、
ちょっぴり不安そうに見上げてくる白い少年へ うんうんと頷いて見せたのだった。




 to be continued. (17.09.10.〜)




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 *何かやたら深刻に突き進んでおりましたが、実は“そういうこと”だったわけです。
  そしてそして、マタタビで酔ったということは…vv
  他の皆様、あっけらかんと書かれているネタなのに、
  なんで私が扱うとこんなややこしい代物になるんだろうか。
  ただ、ウチのこの二人って、まださほど進展してないんですよねぇ…。